2009年7月25日土曜日
森のキモチ「法律」
「もちろんあるよ」
「どんなこと?」
「いろんな悪いこといっぱいしてきたよ」
「ケンカとか?」
「そうだね。ケンカもした。でも、それは悪いことなの?」
「そうでしょ。先生はケンカをしたら怒るよ。ひとをはたいたら怒るよ」
「そっか。それはだれが決めたの?」
「うーん。だれ?」
「わからない。人を叩いたらいけないと決めた人を探してもきっと見つからないよ。それがこの国の決まりなんだ」
「変なの」
「そうだね。でも、人が決めたことには間違いない。人以外の生物は全て生きるか死ぬか、食べられるか食べるかで生きてる。叩くか叩かれるかなんてレベルじゃない。命をかけて生きている。どこに行きたいんだろ、人は?」
「どこって?どっか行っちゃうの?」
「人の生き方は、ずっと自然が決めてきた。日本では二千年ぐらい前から人が決めてきたのかな。今はそれが当たり前になっているけど、それがホントなのかな?」
「ホントでしょ」
「そうなのかな?人が決めたことは必ず変わるんだ」
「そうなの」
「そうだね。今も戦争をするような軍隊がいけないことになっているのに良いことにしようとか、軍隊は良いけど戦争はいけないとか、むちゃくちゃだよ。毎年のように人が決めたことが変わっていくんだ」
「ケンカが良くなったり、悪くなったりするの?」
「そうだね。それが人が決めたことなんだ」
「それじゃ大変でしょ?」
「もちろん。そんな大変な中で人は生きてるんだ。だから僕は自然界の中で生きてる。人が決めたことは信じていない。もちろん日本で生きているから守らなければいけないことは守るけど、最後は僕が決める。それが生きることだとわかったんだ」
「大丈夫なの?」
「それはいつかわかるよ。人が決めたことが変わらなくなった時に。たぶん何が生きることなのか本当にわかった時か、人が生きる意志が無くなった時かな。そんな時が来ることはきっとないけどね」
森のキモチ「サクラ‐どの色が好き?」
「すごいサクラ!」
「いろんなサクラの色があるけどリッちゃんはどの木のサクラの色が好き?濃いピンク?薄いピンク?」
「うーん。あの木の濃いピンク」
「リッちゃんははっきりと物を言うしっかりした子だね。当たってる?」
「たぶん当たってると思う。なんで?」
「濃いピンクが好きな人ははっきりしっかりした人で、薄いピンクが好きな人はほんわかと柔らかい人」
「シンちゃんはどんな色のサクラが好きなの?」
「僕は白いサクラ」
「シンちゃんは白い人なんだ」
「そう。真っ白な心を持った人」
●ここに書かれているカラーセラピーまがいの会話は私の作り話です。私の経験から生まれたイメージです。このようないい加減な話を創れることが森の凄いところです。この後に続く会話も全てフィクションです。もちろん普段のガイドでお話していたことなので何の根拠もない出任せだけでもありません。森の生活に無くてはならないことは考察と検証に基づいています。これホント?ウソ?といった読み進みも一つの楽しみかと思います。真実は森にあります。あなたも出かけてみませんか?
森のキモチ「さくら‐いろいろ」
「いろんな色のサクラが咲いているね。みんな同じサクラなの?」
「そうだね。今咲いているのはエゾヤマザクラという種類のサクラだ。これから順番にいろんなサクラが咲き始めるよ」
「同じ種類なのに花の色がみんなばらばら。おかしくない?同じ種類だったらみんな同じ色になると思うんだけど。家の近くの公園のサクラは同じ色してるよ。」
「きっと公園のサクラは人によって同じ木から採った種から育てられた兄弟のサクラなのかな。神社や公園のように人に植えられたサクラは同じ色をしていることが多いよ。でもこの森は自然のサクラなんだ。人が植えたんじゃなくて自然に生えてきたサクラなんだ。自然のサクラはいろんな色をしている。僕とリッちゃんは同じ人間だよね。でも全然違う。」
「そりゃそうでしょ」
「リッちゃんの母さんとリッちゃんも違うでしょ?」
「にてると思うけどね」
「でも違う。父さんに似てるとこもある。ホントはみんな違うんだ。なのに同じにしようとする。同じだと思うようになる」
「なんで?」
「同じの方が生きやすいんだ。人は安心するんだ。自分は変じゃないって。でも、自然はそんなこと気にしない。同じになろうとも思わないし、違ったほうが生きやすいかもしれない。あるがままに生きてるんだ。いろんなものがどんどん混ざって、自然に選ばれて、生き残るものもいれば、なくなってしまうものもいる。みんな同じだったら一度に死んでしまう危険が大きいんだ。みんな違えば生き残る可能性が生まれる。森の中ではみんな違ったほうが安全なんだ」
●多彩な環境対応が種の保存には必須でありながら人間の環境対応は遺伝子レベルで進んでいるのでしょうか?科学技術レベルで発展を続けると生物化学レベルでの進化が止まってしまうのでしょうか?UFOの宇宙人もそのような方が多いような感じがします。
森のキモチ「キタコブシ‐天気‐豊凶」
「白い花が咲いてる」
「コブシの花だ。今年はどんな一年になるのかな?」
「コブシの花で分かるの?」
「昔から一年の天気をコブシの花で占うんだ。春一番に目に付く木の花だからなのかな?」
「今年の天気はどうなの?」
「リッちゃん、コブシの花はどっちを向いてる?上?下?横?」
「上かな」
「コブシの花が上を向いていたら今年一年晴れの日が多いんだ」
「下を向いていたら?」
「下を向いていたら雨の日が多くて、横を向いていたら風の日が多いんだ。リッちゃん、もう一度よく見てごらん」
「ホントだ。下を向いてるのも、横を向いてるのもある。雨もふって風もふくんだ。でもやっぱり上を向いてる花が一番多い。今年は晴れの日が多い一年だね」
「当たるかな?」
「当たるよ。花はウソ付かないから」
●その年の豊凶の占いにもコブシの花は使われます。たくさんの花が咲いたら豊作、花が少ない年は凶作です。
森のキモチ「シマリス‐見つける力」
「何の声?」
「シマリスだ」
「鳥じゃないの?」
「僕も最初は鳥だと思って、木の上ばかりを探した。でも、下の方から聞こえる。二時間かけて見つけたよ。シマリスを」
「二時間?」
「何としてでも知りたくて、今度はいつ出くわすか分からない。タイミングはとっても大事なんだ。やっと見つけたら、その後は何回も同じ声を聞けたし、シマリスも見つけることができた。そんなもんなんだ。百聞は一見に如かず。」
「ひゃくぶんはいっけんにしかず?」
「そう。何でもそうなんだ。一度見つけることができたら、それを見つける力が付く。鳥でも花でも山菜でもキノコでも。見つける力が生きる力なんだ。人に教えてもらうんじゃなくて、自分で見つけるんだ。タンチョウもクマのコッコも自分でエサを見つけてとれるようになって一人で生きる。見つけることが生きる最初なんだ」
「見つけること」
「リッちゃんはこの森でいろんなものを見つけた。もう一人で生きれるんじゃないの?」
「むりむり」
森のキモチ「ツノ‐カルシウム」
「わっ!」
「リッちゃん、また見つけたね」
「ツノ?」
「そうだねシカの角。こんな道路の上で見つけたのは僕も初めてだ」
「なんでおちてるの?」
「エゾシカの角は毎年生えかわるんだ。この時期に落ちて、新しい角が生えてくるんだ。こんなに大きな角が毎年、半年間ほどで生えるんだよ。それも二本」
「すごいね」
「どんだけのカルシウムを使うのかと思うよ」
「カルシウム?」
「骨を作っている成分なんだけど、角も骨と同じだからカルシウムからできてると思うんだよね。これだけの硬くて重い立派な角を毎年生やすんだから、シカはすごいよ。いつも食べてるはずだ。リッちゃんも笹や木の皮を食べたら丈夫で立派な骨になるかもしれないよ」
「まずはシンちゃんが食べてみて。リホはそれから」
森のキモチ「ドブガイ‐ドブ」
「シンちゃん、どこ行くの?」
「リッちゃん、来てごらん。この時期ならではの面白いものが見れるかもしれない」
「ホントに?」
「リッちゃん、滑るから気を付けてね」
「水がながれてる」
「山﨑沼から釧路湿原に流れる沢だ。きれいな水でしょ」
「うん。きれいだね。ちっちゃな魚も泳いでる」
「リッちゃん見つけるの早いね。ほら、そこのヘリの水が流れてない所に黒いかたまりがあるでしょ」
「ホントだ。何なの?」
「貝だよ。ドブガイ」
「ドブガイ」
「この頃になると、打ち上げられているんだ」
「なんで?」
「わからない。この前の大雨と雪解けで水が増えて流されたのかな?去年も同じ頃に打ち上げられているのを見たよ。ほら、これなんかまだ生きてるみたいでしょ」
「ホントだ。中の白いのがうごいてる。シンちゃんの手よりも大きいね」
「こんな大きな貝もいるんだ。いつもは泥の中にいるから見ることはできないんだけど、この時期だけこうやって泥の中から出てるのが見られるんだ。もしかしたら卵を産むために出て来てるのかもしれないね。なんで、こんなにきれいな沢に住んでいるのにドブガイなのかな?」
「ドブってきたないの?」
「リッちゃん、ドブ知らないの?」
「うーん?」
「そういえば、最近ドブって言わないのかな。それに蓋されちゃって見ることもないのかな。」
「見たことない」
「リッちゃん。見ての通りドブガイの住むところはきれいな水が流れているから、ドブはきれいなんだよ」
「ホントに?」
「ドブガイを信じてあげて」
森のキモチ「クジャクチョウ」
「チョウがまってる」
「クジャクチョウだ」
「クジャクチョウ?」
「クジャクの飾り羽のような目玉模様があるでしょ。だからクジャクチョウ。とっても覚えやすい名前だ。チョウのまま冬を越したんだね」
「チョウのままで冬をこせるの?」
「チョウのままで冬を越すんだ。僕は幼虫の毛虫の状態で冬を越すものとばかり思ってたんだ」
「ちがうの?」
「違ったんだ。森には知らないことがいっぱいある。僕はいろんなことを見て勉強してきたのに思い込みだけでとんでもない勘違いをいっぱいしてる。森はそんな勘違いを教えてくれる。わかったつもりになっちゃいけないって伝えてくれるんだ」
「リホはわかったつもりになってるけど」
●学名の亜種名は「芸者」。世界中で芸者と呼ばれているチョウです。
森のキモチ「スピリチュアル」
「霊や魂などとの見えないつながりを感じることかな。森の中には霊がいるんだ。霊だけじゃない。アイヌは神様がいると言ってるし、魔物がいると言ってる民族もいる。世界中の民族の話を集めると森には何でもいることになると思うよ」
「まもの?」
「そう。森にはいいものも悪いものもなんでもいるんだ。僕には何も霊を感じる力がないと思ってた。だからスピリチュアルなんてまったく関係ないことだと思ってたんだ。でも森にいたらいろんなものを感じる。それが何なのかはわからないけど、森には感じるものがあると思うし、感覚を敏感にする力を備えていると思う。ずっと森にいたらきっと霊や魔物を感じられるようになると信じるよ」
森のキモチ「クマゲラ‐第六感」
「だいろっかん?」
「そう。勘だね。勘がさえるっていうでしょ。その勘。その勘も季節と共にあったと思うよ。森を五感で感じましょうって良く言うけど、それだけじゃ足りない。六感で感じるんだ、森は」
「ろっかん?」
「僕もリッちゃんもいつどこの森を歩くのか決めている。何の目的もなくただ歩くだけだから、どこの森でもいい。けど、決めなきゃ歩けないから決める。それが僕たちの六感なんだ。なんとなく、気分で歩く森を決める。森を歩こうと決める。とても大事な要素なのにそれは勘で決められる。僕は富良野に行った時、朝、裏山を歩いてみようとふと思った。三十分の散歩でヤマゲラとオオアカゲラとクマゲラに出会った。こんなことはもう二度と体験できない様なすごい鳥たちなんだ。富良野の森はすごいと思ったけど、その森を朝歩こうと思った僕も同じようにすごい、と気づいた。これが第六感で森を歩くことなんだ」
「ふーん」
「森はただそこにあるだけですごいんだけど、その森のすごさを感じるには森に立つ自分もすごくないといけないんだ。とってもスピリチュアルなんだ。森は」
森のキモチ「ゆとり」
「余裕だね。窮屈な生き方をしないで余裕を持って、ゆとりを持って生きるんだ。季節を感じて生きれば、いろんなものが見つかる。代わりばえのない人生じゃないことに気付ける。とっても絶妙なタイミングで生きてることに気付ける。タイミングをかぎわける力が蘇る。どうだ?」
「どうなの?」
「すごいと思うよ。蘇ると思うよ。だってもともと持ってたんだもん。昔から言うでしょ。第六感って」
森のキモチ「季節」
「森には季節と共に生きていない生き物はないと思う。人間だって季節と共に生きてた。そんな生活に戻れば人間にもタイミングをかぎわける力が蘇るんじゃないのかな」
「どんな生活?」
「まずは食べ物かな。季節のものを食べる。冬には保存食を食べて、冬ごもる。もちろん社会での仕事はそんなわけにはいかないから一年代わりばえなくかな。やっぱ難しいね、人の社会の中では」
「できないの?」
「できないことはない。スーパーで買い物をする時に季節を感じて買えばいい。街路樹に季節を感じて歩けばいい。風に季節を感じてたたずめばいい。季節を感じることはどこでだって誰だってできる。そんなゆとりを持っていれば、季節の移り変わりと共に生きれる」
森のキモチ「地上の命」
「どっから出てきたと思う?」
「草は土の中?」
「そうだね。ほとんどの生き物は土の中で冬を越えるんだ。木の中とかね。だから森には命がたくさんあるんだ。いつもね。でも、春になると地上の命が見えてくる」
「ちじょうのイノチ?」
「森にはとっても短い地上の命がたくさんある。キノコ、虫、花。絶妙なタイミングで生きてるんだ。だから面白い」
「いつも見れるわけじゃないもんね」
「僕たちもそうなんだ。いつも森に来れるわけじゃない。今日だってリッちゃんが誘ってくれたから森に来た。病気だったらもちろん来れない。東京で働いていたら森なんか好きにならなかった。リッちゃんにも会えなかった。僕の人生の絶妙なタイミングで今、リッちゃんと森にいるんだ」
「すごいね」
「そう。そんなにすごい事なのに、そのすごさに気付かないで生きてる人が多いんだ。今が幸せか不幸か、これからが幸せかどうか、そこで生きてる。そんなの簡単だよ。どんな状況にあっても、何をしていようと、今のタイミングを活かせるかどうかなんだ。かぎわける力だよ。森の生き物と同じようにタイミングをかぎわける力をつければ楽しく生きていける。そう思うんだけど、やっぱり難しいね」
「どっちなの?」
「人の生活に四季が無くなってしまった。まずは季節の移り変わりと共に生きる生き方を取り戻すことからかな」
森のキモチ「マルハナバチ‐くまのプーさん」
「マルハナバチだ」
「おっかなそう」
「凄いよね。黒い毛が生えて丸々してる。でもとってもおとなしいんだ。人に刺すことはめったにない」
「どんなときに刺すの?」
「家族を守る時。刺されたらとても痛いみたいだよ。僕と一緒だ」
「シンちゃん、家族いないでしょ?」
「今はね。だからもう刺さない」
「さしてもいたくないでしょ?」
「だろうね。このマルハナバチは僕とちがって寒さに強いんだ。だから他のハチの誰よりも先に目覚めるんだ。花が咲くことには虫が必ずいる。虫がいなかったら花は咲く意味がないから」
「そうなんだ」
「そう。花の子供をつくるためには虫がとっても大切な役割をしてくれるんだ」
「ハチってえらいんだね」
「そう。覚えといて、マルハナバチはめったに刺すことはないから可愛いハチの仲間だよ。くまのプーさんにも出てくるハチなんだ」
「プーさんにも出てくるの?」
「聞いた話だけどね」
森のキモチ「エゾニワトコ‐食べ放題」
「食べられるよ」
「ホントに?」
「癖が無くて、食べやすいと思うよ。エゾニワトコだね。もう少し葉っぱが開いてからの方が良いかな?」
「どうやって食べるの?」
「僕は天ぷらにして食べた。タランボの様な感じで食べるんだ。一つ採って見るね」
「ありがと」
「匂いを嗅いでごらん」
「うわっ!くさっ」
「でしょ。こんな臭いの良く食べると思うよね。でも、天ぷらにしたら全然匂いが気にならない。味もさっぱりしていて癖が無い。山菜としたら物足らない方だね」
「リホはいいわ」
「リッちゃん、匂いだけで簡単に判断したら人生損するよ。やっぱ一度は味わってみないと。人間と一緒。ほら、腐るほどあるから、採り放題の食べ放題だ」
「ホントだ」
「なんぼか採っていって、今日の夕ご飯にする?」
「ううん。もう少し大きくなるまで待つことにしよ!」
森のキモチ「エゾイラクサ‐食糧危機」
「あそこにもこいミドリのはっぱが広がってる」
「あれも山菜だ」
「なんか山菜だらけだね」
「でしょ。森にはこんなにたくさんの食料があるのに、テレビのニュースでは世界の食糧危機を心配している。もちろんこの山の山菜は食料としてカウントされてないけどね」
「しょくりょうきき?」
「これからどんどん人間の食べ物が減って行って世界中で奪い合いになると言うんだ」
「お店にもいっぱいあるのに?」
「そう。信じられないよね。でもそうならないとは限らない。だからリッちゃんも、ちゃんとこの森で食べられる物を覚えといた方が良いよ。これは6月頃まで食べられるかな?」
「なんて言うの」
「採ってごらん」
「ちっちゃなトゲがいっぱい生えているね」
「チクチクしない」
「うん。ちょっと」
「後でもっとチクチクしてくるよ。アリ酸という成分?を出してるんだ」
「ありさん?」
「アリが持っている毒。アリに触っても同じようにチクチクすることがある。同じ毒を持ってるんだ。触るとチクチクしてイライラするからイラクサ」
「イラクサ?」
「そう。エゾイラクサ。自分が生き延びるために、アリ酸という毒を出すんだ」
「ホントだ。チクチクしてきた」
「今の人は生きるためにどれほどの毒を出しているのかな?毒を出さなくなった人が増えたように感じる」
「リホはドク出してるでしょ?」
「うーん。ちょっとね」
森のキモチ「エゾエンゴサク‐根っこ」
「かわいい花。いっぱい咲いてる」
「エゾエンゴサクの群生だ。これも山菜」
「さんさい?どこを食べるの?」
「お花。もちろん葉っぱも」
「お花を食べるの?なんかかわいそう」
「言うと思った。大根の方がかわいそうだよ。大根は花が咲く前の根っこが食べられる。命が食べられ死んでしまう。エゾエンゴサクは花と葉を食べても根っこは残る。また翌春に葉を出し花が咲く。エゾエンゴサクは生き続けるんだ」
「生き続けるんだ」
「エゾエンゴサクは春植物と言って、夏には葉を枯らして後は地下だけで過ごす。花を食べられたら種は作れないけど、葉はすぐに枯らしてしまうものなんだ。とっても短い地上の命を食べるんだから、やっぱり大事に食べないとね」
「よかったね。ダイコンみたいにネッコが食べられなくて」
「アイヌは根っこも食べたんだよ。もう今は食べる人はいないと思うけどね。僕も一度食べてみたいと思うけど調理にとても手間がかかるんだよね」
「かんたんだったらたべるの?」
「もちろん」
森のキモチ「アイヌネギ‐ギョウジャニンニク‐ミドリ」
「シンちゃん、少しずつミドリが増えてるね」
「そうだね。この頃の緑はかたまって出てくるでしょ」
「かたまって?」
「群生と言って、集まって生えてるんだ。ほら、あそこの濃い緑はフッキソウの集まり。明るい緑のニョキニョキと出ているのがバイケイソウだね」
「なんであつまってるの?」
「土の中で根っこがつながっているのが多いからなんだ。根っこがつながっていると、いきなり遠くには出て来れない。少しずつ広がっていくから集まって生えるんだ」
「ネッコがつながってないのはないの?」
「あるよ。そういうのもこの春先は集まって出てくる。冬の間に凍った土が融けて、水が浸り始めるところから緑が出てくるんだ。山は緑の出てくる場所の順番が決まってるんだ。太陽さんが良く当たる沢から始まって、影の笹わらで森の全てが緑になる」
「ふーん。たいようさんと水がミドリの順番を決めてるんだ」
「そうだね。集まって生える種類が多いのも春先の特徴だね。あそこに濃い緑のニョキニョキがある。もう、少し葉っぱが開いてるのもある。ギョウジャニンニクだ」
「アイヌネギだね。採って行こう」
「そうだね。今年の初物のギョウジャニンニクのデビューだ」
「なんでシンちゃんはギョウジャニンニクって呼ぶの?」
「リッちゃんは何でアイヌネギって呼ぶと思う?」
「アイヌの人が食べてたから」
「そうだね。ギョウジャニンニクは、山で修行していた行者が食べてたからそう呼ばれたんだよね。だから僕も平気でアイヌネギって呼んでた。何にもアイヌを悪く言ってないないと思ってたんだ」
「そうでしょ」
「でも、それだけじゃなかったんだ。アイヌネギはアイヌのように臭いからアイヌネギって呼んでる和人もいたんだ」
「アイヌネギは臭いけど、アイヌって臭いの?」
「それは何とも言えない。今のアイヌは臭くないけど、昔のアイヌはわからない。匂いは生まれ持ったものもあるから、和人が違う民族のアイヌを臭いと悪く言うことは考えられるけどね。でもそれは差別につながる。昔は差別が当たり前にされていた。大人から子供まで」
「子どもまで?」
「ネギまで差別されたんだ。アイヌネギって。僕は差別しているつもりはなかったんだけど、差別して呼んでる人もいたと聞くと、やっぱりアイヌネギって呼びにくいよね。でもテレビでも明るくアイヌネギって呼ばれるようにもなってきたようだから、差別の思いは消えてなくなれば良いと思うよ」
「リホはアイヌネギ大すき。」
「僕もアイヌネギが大好きだ。僕は、森と生きたアイヌのためのネギだからアイヌネギと呼んでるんだけど、いちいち説明できないでしょ。面倒くさいからギョウジャニンニク」
「めんどくさい?」
「ごめん。ごめん。これからアイヌネギって呼ぶよ。行者がいなかった北海道でギョウジャニンニクはないよね。やっぱり、アイヌが愛したネギだからアイヌネギだよね。こっちの方が面倒くさくない」
「でしょ」
森のキモチ「夢」
「シンちゃんの夢は?」
「うーん。どうなんだろうね。リッちゃんの夢は?」
「なんだろ。そこがいろいろなんだよね。ユッちゃんの夢は本屋さんだよ」
「そっか。ユッちゃん本が好きなんだ」
「なんでシンちゃん夢がないの?」
「良くわからなくなったんだ。夢を持とうと言ってるけど、ホントにそれが良いのかなって?」
「大人はみんな言ってるよ」
「そこが問題なんだ。この人間界で一番の問題はあたりまえにみんなが言うことなんだよね」
「あたりまえにみんながいうこと?」
「夢を持つということはビジョンを描くということなのかと思うんだ。どんなビジョンなのかは人それぞれなんだと思うけど、そのままの今をビジョンにするのかな?そこが問題なんだ」
「ビジョン?」
「んー。将来の自分の姿をビジョンっていうんだ」
「おとなになって結婚してお母さんになるとか?」
「そうだね。それもあるのかもしれない。でも、それってホントは何にも分かんないんじゃないの?僕もこんなになってるとは思わなかったし、自然環境や社会もこんなになってるとは思わなかった。もちろん夢はあったし、ビジョンもあった。今も持ってる。でも、それはそれ、今を生きてる。夢とかビジョンを持ちながらも今の環境の中でどう生きるのかが一番大事なんだと思うよ。だって将来の環境はわからないから」
「将来の環境?」
「多くの人は、今のままの幸せがいつまでも続くようにと思いながら、次のステップの夢を追ってるんだよね。これはおかしいよ。夢を追うんだったらそれなりのリスクが生まれる。もちろん環境にも。それを意識してるのかな?今のままでと言ってもそれはそれなりの別のリスクがかかってくる。それが自然のバランスだ。今のままの自然環境の中で、いつまでも幸せでいながら夢を抱きビジョンを実現することが、おかしいということに何でみんな気付かないのかな?二兎追うものは一兎も得ずだよね」
「二兎?一兎?」
「二匹のウサギを追ったら一匹のウサギも捕まえられないという意味なんだ」
「なんで?」
「どうやったら二匹のウサギを捕まえられるの?」
「時間をかければ」
「なるほど。それは明解だね。みんなもっと時間をかけてゆっくりと夢を追うことが大事なのかな?今の人は個人と環境という二兎を追ってるから」
「シンちゃんはゆっくりになったの?」
「全然。森に入って少しはゆっくりになるのかなと思ったけど。でも、少しずつゆっくりになってる。やりたいと思うことはどんどん増えている。だから、全然ゆっくりになってないと思ったけど、やってるペースはどんどん遅くなってる。森は凄いね。何かを残すことよりも、次に続くことに導いてくれている。ゆっくりと。それが今、僕が生きるためにすべきことなんだ」
「いま?」
「リッちゃんも夢はどんどん変わってゆく。それは今の環境に生きてるからなんだ。大事なのは夢なんかよりも今何をするかなんだ。今何をしたいかなんだ。夢のために今を生きるんじゃなくて、今は何ができるのか?何をしたいのか?を見つけられることがホントなんだ。友情、冒険、恋愛、結婚、出産、子育て、いつまでもいつでもできるもんじゃない。もちろんしなくてもいいのかもしれないけど、後からしとけばよかったとならないように、今のタイミングで何をするかが、夢よりも大切なのかと思うよ」
「タイミング?」
「そう。今、リッちゃんと一緒に森を歩いてるというタイミング」
森のキモチ「守る」
「守ってはいないよ。森は僕の力なんか及ばないところで生きている。森があった地球に僕が生まれたんだ。その森の中で生きてるだけだよ。森が無くなったら人は生きてゆけない。だから森が無くならないような生き方をしてるんだ。あたりまえのことだよね」
「シンちゃん、人が森を守れるの?」
「守れないよ。人が森に守ってもらってるんだ」
「でも、森を守ろうって大人は言っているよ」
「そうだね。森を守れると勘違いしている大人が多いんだ。じゃあ森を守るためには何をしたらいいの?」
「木を切らないとか?」
「木を切らないと森はこわれるよ。生活に必要な木を切ることで森も元気でいられるんだ。人と森はずっと一緒に生きてきた。森にダメージを与えて生きてきたんだ。木を切って家を建て、薪や炭、洋服をつくり、山菜やキノコ、カモやシカをとって食べたんだ」
「それって森をこわしてるんじゃないの?」
「やりすぎれば森をこわす。人が増えれば森をこわす。バランスの問題だよ。今の生活は森のものではなく土の中のもの、石油になってしまった。こっちは地球をこわしてるんだ。森のレベルじゃない」
「地球をこわしてるんだ」
「人は地球も守れないよ。神様じゃないんだから。人が地球を作って森を作ったわけじゃない。だからどちらも守れない」
「どうしたらいいの?」
「人はそれぞれの生き方を決めることができる。ただそれだけだ。地球のためでなく、森のためでなく、自分が自分のためにどうやって生きるのかを決めるんだ」
「じゃあどうして地球のため、森のためって大人は言ってるの?」
「弱い人間への誘い文句だよ。自分の生き方が見えていない人にはもってこいの言葉だ。地球のため、森のためと言うのは…。リッちゃんはリッちゃんのための生き方を見つけるんだ。それは時には地球のため、森のためにはならないことをすることもある。でも、無駄な事、余分な事にしなければそこには意味が生まれる。そのためにはリッちゃんの生きる意味を見つけることだね」
「生きる意味?難しそう」
「そう?これは難しく考えたらなかなか見つからないだろうね。でも難しく考えなければ、簡単に見つかることだと思うよ」
「そうなの?」
「今、リッちゃんは何をしたいの?」
「うーん。森を楽しみたい」
「見つかったね」
「シンちゃんは?」
「僕はリッちゃんを守るよ。今はね」
森のキモチ「クマ」
「ホントだ。もうこっちにも来てるんだね」
「クマって今ごろは何を食べてるの?フキノトウだけじゃおなかすくでしょ」
「そうだね。何があると思う?」
「さかな?」
「魚も捕ってるのかな?でももっと楽に食べられる物があるんだ」
「なに?」
「シカ!冬の間にハンターに撃たれても、逃げ切ったシカがあちこちに死んでるんだ。しばれていたシカがとけ始めて、その匂いを求めてクマはさまよっている。シカの死骸が山のあちこちにあればクマは山にいれるけど、食べ物がなくなったら里へ下りてくる」
「おなかがすいてここまで来たの?」
「ここは山だから、あたりまえに歩いてるよ。クマのお庭に僕たちがお邪魔してるんだ。里と言うのは人が作ってる畑」
「畑までクマが来ちゃうの?」
「そう。おっかないでしょ。昔のハンターはシカのお肉のおいしいところだけ持って帰って後は山に捨ててたんだ。だからクマは春先のエサに困らなかったけど、今は山に捨ててはいけないことになってクマのエサが少なくなった。三年前からクマを罠で捕まえることも禁止になってクマの数は増えている。とても危ない状態になってるんだ」
「たくさんのクマがおなかを減らして歩いてるんだ」
「そういうことになるね」
「なんでそんなことにするの?」
「山にシカを捨てたら山の持ち主が怒る。見た目も悪いし臭い。人の都合だよ。死んだらみんな土に還るのが本当なのに、山のシカさえも土に還れないんだ。もちろん僕もリッちゃんも還れない。土に還れる生き物はこれからどんどん減っていくだろうね」
「クマは?」
「クマの数が増えたらまた罠で獲って数を減らす。その繰り返し。人が生かしたり殺したりして調整してるんだ」
「昔はクマがカムイで、今は人がカムイみたい」
森のキモチ「フキノトウ‐山菜‐タイミング」
「フキノトウ?」
「そうだね。春になったら最初に食べられる山菜」
「さんさい。お山のヤサイだね」
「クマが冬眠から覚めて最初に食べるご飯と言われている」
「クマも最初に食べるの?」
「フキノトウにはお腹の働きを良くしてきれいに整えてくれる効果があるんだ。これは人間が調べたんだけど、クマは調べなくても分かってるんだ」
「なんで?」
「クマはずっと昔から長い時間をかけてフキノトウの効果を身体で見つけたんだろうね」
「すごいね」
「でも、春先ってフキノトウぐらいしか食べるもの無いんだよね。だから、森のタイミングなんだろうね」
「タイミング?」
「フキノトウがあったからクマが食べた。その時がピッタリと合った。ただそれだけ」
「ただそれだけ?」
「フキノトウが無かったらクマは食べられないよ。それがとっても大事な森のタイミングなんだ」
森のキモチ「ゴジュウカラ‐留鳥‐シェチカプ」
「青い鳥」
「ゴジュウカラだ。頭を下にして木にとまれるんだ」
「木をおりて行ってる」
「凄いね。こんなことができる鳥はほかにはいないんじゃないのかな?」
「あったかくなったからこの森に来たの?」
「ゴジュウカラはいつもいる鳥なんだ。一年中見ることができる。そんな鳥を留鳥って言うんだ」
「りゅうちょう?」
「そう。留まっている鳥。暖かくなると来る鳥は渡り鳥なんて呼ぶ」
「アイヌの人はゴジュウカラのことをなんて呼んだの?」
「フン食う鳥」
「フン?」
「そう。ウンコのフン」
「フンを食べるの?」
「食べないと思うんだけど、何でフン食う鳥と呼んだのかは僕は分からない。とってもきれいな鳥なのに。フン食う鳥と呼ばれるからにはなんかあるんだろうね」
「ウンコ食べてたんじゃないの?」
森のキモチ「イトウ」
森のキモチ「福寿草‐命名‐アイヌ」
「リッちゃんだったらどんな名前を付ける?」
「シンちゃん花の名前知らないの?うーん。はる、きいろ、はな」
「春黄色花。なるほど。見たまんまだね。とっても分かりやすい。大人だったら春黄花なんて難しい名前にするかもしれないね」
「はるきばな?シンちゃんだったら?」
「リッちゃんが春の最初に見つけた花」
「そんな名前のつけかたあるの?」
「花とかにも学名と言って世界共通の名前がある。世界共通の名前はそんな名前の付け方をする。見つけた人の名前を花につけたりするんだ。この花の日本での呼び名は福寿草」
「ふくじゅそう?」
「そう。福寿草。元日草とも呼ばれる」
「がんじつそう?」
「お正月に咲く花だから元日草。新しい春をお祝いする花として幸福をよろこぶと書いて福寿草」
「難しいね」
「イトウの草という名前もあるんだ」
「イトウ?」
「そう。この花が咲いた頃にイトウという大きな魚が卵を産むために川を上ってくる。だから、イトウの草」
「だれが付けたの?」
「アイヌ」
「あいぬ?」
「昔からこの土地に住んでいる人。イトウを捕って暮らしていたアイヌに、イトウが川を上って来る頃を知らせてくれる花なんだ。ここではお正月にはまだ寒くて咲かないし」
「ふーん。じゃあ、イトウの草の方がピッタリだね」
森のキモチ「始まり」
「いいね」
「今日は何が見つかるかな?」
「きっと初めてがいっぱい見つかるよ」
「森は宝の山だもんね」
「森は考えるチャンスもつくってくれる」
「何を考えるの?」
「森のきもち」
「森のきもち?」
「そう。リッちゃん考えたことある?」
「森もきもちってあるの?」
「ないと思う?」
「うーん…。きっとあるよね。森も生きてるんだからいろんなこと感じてるよね?」
「そうだね。森のきもちから自分を見つめてみると、いろんな"生きる"が見えてくる」
「"生きる"?」
「僕もリッちゃんも生きてる。これからも生きる。どんな生き方をすることもできる。それを見つけるんだ。人からでなく森から"生きる"を見つけるんだ」
「うん。わかった。"生きる"を見つけよう!"初めて"を見つけよう!」
森のキモチ
センス・オブ・フォレスト
森林インストラクター&環境カウンセラーの
森のキモチ
The Sense of Forest
with Forest Instructor & Environmental Counselor
森はとっても素晴らしいセンスを持っています。その全てがバランスとタイミングです。人生における人との出会いと似ていますが、明確に違うのは森にはウソがないことです。
この物語の登場人物は『シンちゃん・シン(男)』と『リッちゃん・リホ(女)』の二人だけです。舞台の森は北海道鶴居村にあった森林セラピー基地プライベートフォレスト「山﨑山林Yamazaki Forest」です。シンちゃんとリッちゃんが何歳なのか?どんな関係なのか?は秘密です。読者の皆さんがそれぞれ想像してみてください。
この物語の会話はリッちゃんから始まりシンちゃんと、かわりばんこに進みます。お父さん、お母さん、お友達などと二人でかわりばんこに読んでもらえるとリッちゃんとシンちゃんの二人の関係がわかるかも。山﨑山林での私とお客様との会話が基になっています。「ああ、こんな話した」と思われる会話が出てくるかも。
2009年7月24日金曜日
カムイの森
「シンちゃん、森に行こう!」
「いいね。今日は何が見つかるかな?」
「また初めてのものが見つかるといいね」
「きっと見つかるよ。リッちゃんは初めての発見じょうずだから」
―――
「シンちゃん、コゴミが大きくなったね。私と同じぐらい。イッ!」
「どうした?」
「枝に引っ掛けたみたい」
「どれ?血が出てるね」
「うん」
「ちょうどいいところにヨモギがあった。昔の人はヨモギの葉っぱを傷口に貼って血を止めたんだ。貼ってみる」
「うん」
「葉っぱを揉んで柔らかくして、ほら」
「なんかにおいがするね」
「好き?」
「うん。なんかおいしそう」
「え!そっか。草餅の草だからおいしそうにも感じるのかな?」
「くさもち?」
「食べた事ない?お雛さんの赤白緑の緑のお餅」
「うん。食べたことないと思う。でも、あんこが入った緑のおもちを食べたことがある」
「あっそれもヨモギ、よもぎ餅。おいしいよね」
「うん。おいしかった。ケガにも使うんだ」
「他にもいろいろ使うよ。ヨモギは蚊除けとか、歯の痛み止め、風邪薬、魔除けとか。地上に最初に生えた草と言われ、アイヌの国を守る神様となったんだ」
「アイヌ?」
「この森に昔から住んでた人」
「森に人が住んでたの?」
「数百年前まではね」
「だれかいる!」
「そうだね。僕たちを見てるんだ」
「だれ?」
「わからない。森にはいろんなものがいるから。だから森はおもしろい」
「こわくないの?」
「怖い時もある。でも今は怖くない」
「なんで?」
「うーん。感じるんだ。怖い時には怖さを感じる。というか、森にいる時間が長くなるとどんどん怖くなくなってくる。でも時々怖さを感じる。何がというものでなくて、その時の周りの森の雰囲気から怖さを感じるんだ。ちょっとヤバいかなって」
「森のふんいき?」
「そう。森には動物や植物だけでなくて、霊や神様がいる。その中の何かが教えてくれるんだと思う。ヤバいぞって」
「レイってオバケじゃないの?」
「お化けも霊の仲間だ。森にはいろんな霊がいるんだ」
「いろんなレイ?」
「アイヌの人は霊の姿をカムイと言って、フクロウやクマもカムイなんだ」
「カムイ?」
「そう。アイヌ語のカムイは神様とよく言われるけど、ちょっと違うんだよね。カムイモシリという神の世界ではカムイは人と同じ姿をしている。カムイの世界からアイヌモシリという人間の世界に神は霊となって遊びに来る。アイヌモシリに下りてきたカムイは人と同じ姿ではいられないので、フクロウやクマの姿を借りる。そんなクマの姿となった霊がカムイなんだ」
「霊が神さまなの?」
「そうだね。アイヌはカムイのクマを捕って食べてしまうんだ。神様を食べちゃうんだよ。でも、クマの姿をしていた霊をとっても大事にもてなしてカムイモシリに送り届けるんだ。またクマとなってアイヌモシリに遊びにきてくださいって。そしてクマの肉を残さず食べて、毛皮を大事に使う」
「クマのレイって神さまなんだ」
「クマだけじゃない。キツネやリス、ヘビや木もカムイなんだ」
「シンちゃんってアイヌなの?」
「僕はアイヌじゃないよ。たぶん。昔はいろんなとこにアイヌが居たみたいでまだハッキリしてないけど。もしかしたら僕はアイヌで、そんなカムイが僕に教えてくれているのかもしれない。ヤバいぞって」
「カムイが守ってくれるの?」
「カムイにも良いカムイと悪いカムイがいる。良いカムイは守ってくれる。悪いカムイはたたる」
「どうやったらわかるの?」
「リッちゃんの前には悪いカムイは現れないよ」
「ほんとに?」
「現れる前に僕が感じる。僕がリッちゃんを守る」
「ありがと」
「きっとリッちゃんもカムイに会ったら感じると思うよ。良いか悪いか」
「感じるかな?」
「ちょうど良いフキがある。今日の夕ご飯にフキをなんぼか採っていこうか?」
「うん。今日はどうやって食べるの?」
「おひたしかな」
「おいしいの?」
「大人な味だ。あんまり太くないほうが良いかな。ここで採ってて。僕は沢に下りてヤチブキを見てくるよ。何かあったら大きな声を出すんだ。飛んでくるから」
「うん。わかった」
「そんなに量はいらないから、ここから離れないでね」
「はい」
「じゃあね」
―――
「シンちゃん?だれ?」
「…」
「シン!…。カムイ?」
「コロポックル」
「コロポックル?カムイなの?」
「コロポックル…。フキは僕のものでもあるんだ。だから全部持ってかないで」
「もちろん。今日の夕ごはんでおひたしにして食べようと思って、だからそのぶんだけ。フキの神さまなの?」
「コロポックル」
「そっか。私よりちっちゃいよね。まだ子どもなの?」
「僕はこの森で一人で暮らしてる」
「子どもじゃないんだ。初めまして私リホ。シンちゃんといっしょに来たの。シンちゃんは今、沢に下りてる」
「うん。知ってるよ。だから出てきたんだ。今しか会えないから。僕の他にもいろんなカムイがこの森に住んでる。良いのも悪いのもいる。シンちゃんと一緒だったら大丈夫だけど、一人で来るようになったらカムイを感じる力が必要になる。そのために出てきたんだ。リッちゃんは僕と会っても大きな声を出さなかった。出しそうになったけどね。でも、リッちゃんはすぐに僕を良いカムイと感じた。それだけ」
「それだけ?」
「そう。それだけ感じる力があれば大丈夫。その力をこれから育てるんだ。いっぱい感じて訓練するんだ。そうすればシンちゃんがいなくても森に来れるよ」
「ひとりで?」
「うん。一人の方が森を感じられる。その力さえあれば良いカムイが守ってくれる。リッちゃんは今一人だ。だから僕と会えた。良かったねシンちゃんに会えて。シンちゃんと一緒でなかったら僕には会えなかったよ。森はとっても怖いとこだから。これからもシンちゃんと仲良く、森を感じることができる人を大事にして。とっても難しいことなんだ、森を感じることは。センスと訓練が必要だから」
「センスと訓練?」
「それと時間。森の時間。こんな事は森に来てすぐ出会える事じゃない。何回も何回も通わないと。それが森なんだ」
「このことシンちゃんに話していいの?」
「もちろん。感じる人には良いよ。感じない人には信じてもらえないと思うけど」
「ありがと。また会えるの?」
「もう会えない」
「なんで?」
「だってリッちゃんはちゃんと感じたもの」
―――
「リッちゃん、お待たせ」
「シンちゃん!コロポックル!」
「どこ?」
「そこのフキの下!」
「どこ?」
「さっきまでいたの!」
「もう居ないね」
「ほんとだ」
「残念」
「ねえねえシンちゃん。今、コロポックルに会ったの」
「ホント。良かったね」
「驚かないの?」
「僕も会ったよ。リッちゃんと同じ年の頃に。六十年も前になるかな」
「何回?」
「一回だけ。たったの一回だけ」
「そうなんだ。もう会えないのかな?」
「良いコロポックルだった?」
「悪いコロポックルもいるの?」
「わからない。でもリッちゃんが喜んでるんだから良いコロポックルだったんだね」
「うん。森の感じ方をおしえてくれた。訓練の仕方をおしえてくれた」
「訓練?そっか、そんな話をしてくれたんだったっけ。すっかり忘れてた。今日リッちゃんと一緒に森に来て良かった。ありがと」
「シンちゃん、ありがと。仲良くしてくれて。大事にするからねシンちゃんのこと」
「ありがと。そっか、だから僕はこの森に居るんだ。ここはアイヌの森だから。きっと他にもいろんなカムイに会えるよ」
「コロポックルって神様なの?」
「うん。アイヌに伝わるフキの下にいる小人の神様」
「小人の神さま。だからちっちゃかったんだ。ごめんねコロポックル」
「フキ採れた?」
「うん。これだけ」
「じゅうぶん。コロポックルにも残しておかないとね」
「コロポックルもフキを食べるの?」
「そうなのかな。こんどフクロウに会ったら聞いてみよう」
「フクロウのカムイにも会ったことあるの?」
「あるよ。だから言ったでしょ。いろんなカムイに会えるって。父さんが待ってるからそろそろ帰ろう」
「うん。フクロウのカムイは今度のお楽しみ。私、森を感じる人になろう。センスと訓練と森の時間。シンちゃん長生きしてね。お酒ばっかり飲まないで。わかった?」
「了解しました。森を歩いたから今日もお酒がおいしいぞ」
「シンちゃんたら」
おわり
2009年7月21日火曜日
おばあちゃんの森
「ねえ、シンちゃん。おばあちゃんの森に行こう。」
「いいね。今日は何が見つかるかな?よし、長ぐつをはいていこう。リッちゃんも長ぐつのほうが楽しいよ。」
「うん。」
「リッちゃん、学校楽しい?」
「うん。楽しいよ。掛け算の九九も全部いえるよ。シンちゃんは?」
「楽しいよ。いろんな人に会えるし、勉強大好き。」
「シンちゃんは何を勉強してるの?」
「うーん。森の遊び方かな。」
「そんなの勉強じゃないよ。」
「リッちゃんの勉強ってなに?」
「国語とか、算数とか。」
「それだけ?」
「体育とか、音楽もしてる。」
「そうだね。いろんなことを覚えるだけじゃなくて、いろいろと感じたり考えたりするのも勉強だよね。森を感じて、どうやって森で楽しく遊ぶのか考えるのもとっても楽しい勉強だよ。」
「そうなんだ。」
「よし!リッちゃん。森に勉強しに行こう。」
「しゅっぱーつ。」
「シンちゃん、キツツキ!」
「アカゲラだ。」
「エサをとっているのかな?」
「うーん。枯れた木じゃないから家を作っているのかも。エサは枯れた木のほうが多いし、家はくさってない木のほうがいいし。リッちゃんも新しい家のほうがいいでしょ?」
「シンちゃんの古い家も好きだよ。」
「ありがと。」
「あっ!コゴミだ。」
「今日も採ってく?」
「うん!」
「今日はマヨネーズをつけて食べよう。」
「マヨネーズ大好き。父ちゃんの分も採っていこう。」
「おー!毎日コゴミだ。」
夏休み
「リッちゃん、春とは全く違うでしょ?」
「シンちゃん、草だらけだ。」
「木もいっぱい葉っぱを広げたよ。」
「春には少ししか付いていなかったのに。すごいね。」
「木は一枚一枚みんなの葉っぱに太陽さんがあたるように広げてるんだ。リッちゃんもいつも太陽さんがあたるように生きたら楽しいよ。」
「どうやって?」
「うーん。葉っぱのようにかさならないように生きるんだ。みんなと同じじゃなくて、リッちゃんが思ったように生きるんだ。リッちゃんは一人だけなんだから、みんなと同じになるわけがない。それが自然だ。木のパワーだ。」
「思ったように生きればいいの?かんたんでしょ。」
「むずかしいよ。みんな同じにしようとするから。自分に気づかないといけない。」
「自分に気づく?」
「そう、自分を見つけるんだ。この森と同じようにリッちゃんもどんどん変わってく。うつり変わっていく自分を見つけるんだ。楽しいよ。」
「わかった。見つけてみる。面白そう。」
「リッちゃん、これおいしかったね。」
「なにこれ?」
「春休みに食べたでしょ、マヨネーズつけて。」
「えっ。えーと、コゴミ?」
「そうだよ。」
「こんなに大きくなるの?」
「そうだよ。リッちゃんのおなかのとこまである。これを食べたんだからリッちゃんもどんどん大きくなるね。」
「コゴミってすごいね。」
「森の野菜!山菜はすごいパワーを持ってるんだ。森のパワーだ。畑と違ってみんな競争してる。競争に勝たないと生き残れない。リッちゃんもそうだよ。競争がないなんてとっても不自然なんだ。リッちゃんも競争に勝って生き残るんだ。強くなるんだ。これが自然のパワーだ。」
「でも競争なんてないよ。」
「勉強だって、遊びだって、バスケだって、みんな競争だよ。競争だと思えばリッちゃんは強くなる。コゴミみたいに。」
「そうなんだ。ぜんぜん思ってなかった。よーし、勝つぞー。」
「オー!」
「シンちゃん、春とちがう!おばあちゃんの森っていろんなにおいがする。」
「そうだね。」
「なんのにおいなの?」
「森のかおり。みんないろんなにおいを出して混ざってるんだ。もちろんそれぞれのにおいはあるんだろうけど、全部まざって森のかおり。ここだけにしかない、今だけしか感じることができないかおりだ。」
「かおりって風にのってくるの?」
「うん。ほっぺにさわるね。リッちゃんすごいね。いっぱい感じてる。」
「どうして、こんなに気持ちいいの?」
「森だから。」
「おばあちゃんの森だから?」
「そうだね。でも、クマもいるし、スズメバチもいる。とっても危ないのも一緒にいるんだ。森はとってもこわいんだよ。」
「シンちゃんといるから大丈夫、だよね?」
「うん!リッちゃんを命をかけて守ります。」
「ありがと。おばあちゃんも守ってくれるかな?」
「きっとね。リッちゃん、森ってやさしいね。」
「おばあちゃんの森だから。」
冬休み
「シンちゃん。また葉っぱが落ちちゃったね。」
「秋にはまっ赤になったり黄色くなったり、とってもきれいなんだよ。」
「そうなんだ。秋にも来てみたいな。」
「長いお休みがないから、むずかしいね。でもリッちゃんちの近くの木の葉っぱも赤や黄色になるでしょ?」
「うーん。多分ね。」
「リッちゃん。木はここだけじゃないよ。森はここだけじゃないよ。近くにもいっぱいあるんだ。」
「でも、シンちゃんはいない。」
「そっか。でも、もう大丈夫。リッちゃんは森のことをたくさん感じれるようになったから。これからは一人でも見つけられるよ。近くの森で。」
「そうかな?」
「うん。この森を思い出して、感じる力を思い出すんだ。」
「感じる力?」
「そう、この地球にはいろんなものがいっぱいある。いろんな調査がされて、研究されて、発見がある。いろんなことが分かってくる。でも、そんなことよりもいろんなことを感じることが大事なんだ。全てが感じるところから始まってるんだ。その感じる力も訓練しなければ役にたたない。」
「訓練?」
「そう、感じる力をきたえるんだ。森にいる時間を長くする。近くの自然をゆっくりと見る。特別なものを見る必要はない。当たり前な近くの自然だけでも一生感じるだけのものを持ってる。考えるだけのものを持ってる。」
「そうなの?」
「リッちゃんが感じて考える力を持てたら、自然はこたえてくれるよ。どう?感じる?」
「うん。」
「リッちゃん、きれいな木の形が見える。木がはだかになっちゃった。」
「さむそう。」
「そうだね。でも、そんなこともないんだよ。葉っぱを落として、足もとをあったかくしてるんだ。」
「足もと?」
「そう。木の足もとの土の中には根っこが生えてる。水や栄養を吸ったり、倒れないようにふんばってるんだ。根っこが死んでしまったら、木も死んでしまう。大事な根っこを守るために葉っぱを落として、足もとをあったかくしてるんだ。葉っぱのおふとん。」
「木って頭いいね。」
「それだけじゃないよ。枝にはもう葉っぱの赤ちゃんがいっぱい付いてる。」
「葉っぱの赤ちゃん?」
「暖かくなったら開く葉っぱの芽だ。その芽を雪から守るために葉っぱを落とすんだ。」
「葉っぱが付いてた方が、雪から芽を守れるんじゃないの?」
「葉っぱが付いているところに雪が積もったら、雪が重たくて枝が折れちゃう。枝が折れたらせっかく付けた葉っぱの赤ちゃんも死んでしまう。」
「そっか。」
「何でも付けてればいいってわけじゃない。落とすことも大事なんだ。リッちゃんもこれからいろんなものが身に付いてくると思うけど、たまにはそれを落とすことも大事なんだ、葉っぱみたいに。そうしたら新しい赤ちゃんが生まれる。新しい考え方が生まれるんだ。」
「新しい赤ちゃん?」
「そう。新しいものを生むには、勉強したことや当たり前のことをすててしまって、ゼロから考えたほうがすごいのが生まれる。森の中で考えるんだ。森には新しいヒントがいっぱいある。」
「シンちゃんは森の中で考えるの?」
「そうだね。とっても楽しいよ。自然の中から考えるんだ。昔の人がしてきたように。」
「おばあちゃんも森の中で考えたの?」
「そうかな、森が大好きだったから。」
「ねえシンちゃん。なんで、おばあちゃんの森なの?」
「いろんなものを採ってきてくれるんだ。山菜、キノコ、まき、石ころも拾ってくる。森にはなんでもあるんだ。」
「そうなんだ。おばあちゃんこの森のこと何でも知ってるんだね。」
「うん。宝の山だ。この森で生きてるんだ。」
「ほんとにおばあちゃんの森なんだ。」
「そうだよ。ばあさんがリッちゃんのころから来てるからもう六十年にもなるのかな?きっと今でもこの森にいるんじゃないのかな。」
「シンちゃん一人になってさびしい?」
「この森があるから大丈夫。リッちゃんも遊びに来てくれるし。」
「でも、浜松に帰ったらシンちゃんまた、ひとりぼっちだよ。」
「リッちゃんは?」
「浜松に帰っても友達もいるし、バスケの仲間もいるし、ユッちゃんも父ちゃんもいる。」
「そうか。友達も仲間も大事だけど、一人はもっと大事だよ。ひとりぼっちはちっともさびしくない。勉強もできるし、本も読める。いろんなことを考える時間もある。とっても楽しいんだ。」
「ほんとに?」
「もちろん楽しいだけじゃないけど。リッちゃん、周りの木を見てごらん。みんな一人で立ってる。リッちゃんも一人で立ってる。」
「うん。」
「リッちゃん、人という漢字は習ったでしょ。こんな形。人という漢字は人と人とが支えあって生きているからこんな形になったって言う人もいるけど、大きく足を開いて一人で立っているようにも見えるよね。リッちゃんはどっちだと思う?」
「んー。一人かな?」
「リッちゃん一人で立てる?」
「もちろん。でも、父ちゃんがいないとずっとは無理かな。」
「そうだね。」
「シンちゃんはどっちなの?」
「どっちもだね。支えあう時もあれば、一人の時もある。だってその方が楽しいでしょ、たった一度の人生なんだから。木もそうだよ。強い風の時はとなりの木と支えあってふんばって生き、太陽さんが出たら負けずに枝を張るんだ、何百年と。」
「そうなんだ。シンちゃん、春休みになったらまた来るね、父ちゃんに頼んで。それまで一人で森を楽しんでて。」
「リッちゃんの父さんもばあさんとよく来てたんだよ。この森に。」
「ほんとに?じゃあなんで一緒に来ないんだろ?」
「リッちゃんとじいちゃんを二人きりにしてくれてるんだよ。」
「そうかなあ。じゃあ今度の春休みには、父ちゃんと二人で来てみよう。シンちゃんはがまんしてね。」
「うん。父さんと二人でこの森に来たら、ばあさんのいろんな話が聞けると思うよ。きっと。そしたらもっと楽しいばあさんの森になる。」
「おばあちゃんの森だよ。シンちゃん。」
春休み
「父ちゃん、おばあちゃんの森に行こう。」
「うん。いいね。行こう。」
「父ちゃんもおばあちゃんと一緒によく森に来てたんでしょ?」
「そうだね。リッちゃんぐらいの頃、ばあちゃんといろんなものを採りに来た。もう少し大きくなったら、父ちゃんは一人で来るようになったんだ。」
「シンちゃんとは一緒に来てないの?」
「そうだね。じいちゃんはもっと深い森に行ってた。だからあまり家にいなかったんだ。」
「シンちゃんのこと好き?」
「どうかな?よくわからない。」
「おばあちゃんの森は好き?」
「そうだね。ばあちゃんの森も、ばあちゃんも好き。だから、じいちゃんも好きなのかな?」
「リホ、シンちゃんのこと大好き!」
「そっか。」
「シンちゃんはこの森の中でおばあちゃんと一緒にいるのかな?」
「どうだろ?生きてる時もほとんど一緒にいなかったんだから、じいちゃんはもっと深い森の中にいるのかもしれない。」
「そうなんだ。ひとりぼっちなのかな?シンちゃん。」
「森と一緒だよ。」
「シンちゃん森と一緒か。」
「じいちゃんだよ。リッちゃん。」
「森(しん)ちゃんだよ。森(もり)のシンちゃん。」
おしまい