森の生活
会社を解雇され社宅を出ることになった山中慎一朗に否応もなく始まった釧路湿原鶴居村フォレストハウスでの森の生活。1992年ヘンリー・D・ソローとの出会いから始まった森の生活を振り返ります。
  〜森の物語〜
おばあちゃんの森 森のキモチの原点となったお話です。
カムイの森 森のキモチからの短編応募作品です。
森のキモチ 林業・森林セラピー・森林インストラクター・アイヌ・環境カウンセラーから学んだ森の物語です。
サード・ステージ 45歳で第3の人生が始まった男の物語。
  〜森のセラピー〜
北海道唯一・全国民間初の森林セラピー基地プライベートフォレストのプロデュース。富良野、札幌国際大学、北海道大学、ポー川史跡自然公園などの研究員・アドバイザーとしての中から生まれた山中慎一朗の森での過ごし方です。
  森づくり革命
15年間の森の生活から発見した新しい森づくりの提案です。林業から森林セラピー、森林インストラクター、環境カウンセラー、森林プロデューサーの中から生まれました。

2009年7月21日火曜日

おばあちゃんの森

   春休み
「ねえ、シンちゃん。おばあちゃんの森に行こう。」
「いいね。今日は何が見つかるかな?よし、長ぐつをはいていこう。リッちゃんも長ぐつのほうが楽しいよ。」
「うん。」
「リッちゃん、学校楽しい?」
「うん。楽しいよ。掛け算の九九も全部いえるよ。シンちゃんは?」
「楽しいよ。いろんな人に会えるし、勉強大好き。」
「シンちゃんは何を勉強してるの?」
「うーん。森の遊び方かな。」
「そんなの勉強じゃないよ。」
「リッちゃんの勉強ってなに?」
「国語とか、算数とか。」
「それだけ?」
「体育とか、音楽もしてる。」
「そうだね。いろんなことを覚えるだけじゃなくて、いろいろと感じたり考えたりするのも勉強だよね。森を感じて、どうやって森で楽しく遊ぶのか考えるのもとっても楽しい勉強だよ。」
「そうなんだ。」
「よし!リッちゃん。森に勉強しに行こう。」
「しゅっぱーつ。」
「シンちゃん、キツツキ!」
「アカゲラだ。」
「エサをとっているのかな?」
「うーん。枯れた木じゃないから家を作っているのかも。エサは枯れた木のほうが多いし、家はくさってない木のほうがいいし。リッちゃんも新しい家のほうがいいでしょ?」
「シンちゃんの古い家も好きだよ。」
「ありがと。」
「あっ!コゴミだ。」
「今日も採ってく?」
「うん!」
「今日はマヨネーズをつけて食べよう。」
「マヨネーズ大好き。父ちゃんの分も採っていこう。」
「おー!毎日コゴミだ。」
夏休み
「リッちゃん、春とは全く違うでしょ?」
「シンちゃん、草だらけだ。」
「木もいっぱい葉っぱを広げたよ。」
「春には少ししか付いていなかったのに。すごいね。」
「木は一枚一枚みんなの葉っぱに太陽さんがあたるように広げてるんだ。リッちゃんもいつも太陽さんがあたるように生きたら楽しいよ。」
「どうやって?」
「うーん。葉っぱのようにかさならないように生きるんだ。みんなと同じじゃなくて、リッちゃんが思ったように生きるんだ。リッちゃんは一人だけなんだから、みんなと同じになるわけがない。それが自然だ。木のパワーだ。」
「思ったように生きればいいの?かんたんでしょ。」
「むずかしいよ。みんな同じにしようとするから。自分に気づかないといけない。」
「自分に気づく?」
「そう、自分を見つけるんだ。この森と同じようにリッちゃんもどんどん変わってく。うつり変わっていく自分を見つけるんだ。楽しいよ。」
「わかった。見つけてみる。面白そう。」
「リッちゃん、これおいしかったね。」
「なにこれ?」
「春休みに食べたでしょ、マヨネーズつけて。」
「えっ。えーと、コゴミ?」
「そうだよ。」
「こんなに大きくなるの?」
「そうだよ。リッちゃんのおなかのとこまである。これを食べたんだからリッちゃんもどんどん大きくなるね。」
「コゴミってすごいね。」
「森の野菜!山菜はすごいパワーを持ってるんだ。森のパワーだ。畑と違ってみんな競争してる。競争に勝たないと生き残れない。リッちゃんもそうだよ。競争がないなんてとっても不自然なんだ。リッちゃんも競争に勝って生き残るんだ。強くなるんだ。これが自然のパワーだ。」
「でも競争なんてないよ。」
「勉強だって、遊びだって、バスケだって、みんな競争だよ。競争だと思えばリッちゃんは強くなる。コゴミみたいに。」
「そうなんだ。ぜんぜん思ってなかった。よーし、勝つぞー。」
「オー!」
「シンちゃん、春とちがう!おばあちゃんの森っていろんなにおいがする。」
「そうだね。」
「なんのにおいなの?」
「森のかおり。みんないろんなにおいを出して混ざってるんだ。もちろんそれぞれのにおいはあるんだろうけど、全部まざって森のかおり。ここだけにしかない、今だけしか感じることができないかおりだ。」
「かおりって風にのってくるの?」
「うん。ほっぺにさわるね。リッちゃんすごいね。いっぱい感じてる。」
「どうして、こんなに気持ちいいの?」
「森だから。」
「おばあちゃんの森だから?」
「そうだね。でも、クマもいるし、スズメバチもいる。とっても危ないのも一緒にいるんだ。森はとってもこわいんだよ。」
「シンちゃんといるから大丈夫、だよね?」
「うん!リッちゃんを命をかけて守ります。」
「ありがと。おばあちゃんも守ってくれるかな?」
「きっとね。リッちゃん、森ってやさしいね。」
「おばあちゃんの森だから。」
 冬休み
「シンちゃん。また葉っぱが落ちちゃったね。」
「秋にはまっ赤になったり黄色くなったり、とってもきれいなんだよ。」
「そうなんだ。秋にも来てみたいな。」
「長いお休みがないから、むずかしいね。でもリッちゃんちの近くの木の葉っぱも赤や黄色になるでしょ?」
「うーん。多分ね。」
「リッちゃん。木はここだけじゃないよ。森はここだけじゃないよ。近くにもいっぱいあるんだ。」
「でも、シンちゃんはいない。」
「そっか。でも、もう大丈夫。リッちゃんは森のことをたくさん感じれるようになったから。これからは一人でも見つけられるよ。近くの森で。」
「そうかな?」
「うん。この森を思い出して、感じる力を思い出すんだ。」
「感じる力?」
「そう、この地球にはいろんなものがいっぱいある。いろんな調査がされて、研究されて、発見がある。いろんなことが分かってくる。でも、そんなことよりもいろんなことを感じることが大事なんだ。全てが感じるところから始まってるんだ。その感じる力も訓練しなければ役にたたない。」
「訓練?」
「そう、感じる力をきたえるんだ。森にいる時間を長くする。近くの自然をゆっくりと見る。特別なものを見る必要はない。当たり前な近くの自然だけでも一生感じるだけのものを持ってる。考えるだけのものを持ってる。」
「そうなの?」
「リッちゃんが感じて考える力を持てたら、自然はこたえてくれるよ。どう?感じる?」
「うん。」
「リッちゃん、きれいな木の形が見える。木がはだかになっちゃった。」
「さむそう。」
「そうだね。でも、そんなこともないんだよ。葉っぱを落として、足もとをあったかくしてるんだ。」
「足もと?」
「そう。木の足もとの土の中には根っこが生えてる。水や栄養を吸ったり、倒れないようにふんばってるんだ。根っこが死んでしまったら、木も死んでしまう。大事な根っこを守るために葉っぱを落として、足もとをあったかくしてるんだ。葉っぱのおふとん。」
「木って頭いいね。」
「それだけじゃないよ。枝にはもう葉っぱの赤ちゃんがいっぱい付いてる。」
「葉っぱの赤ちゃん?」
「暖かくなったら開く葉っぱの芽だ。その芽を雪から守るために葉っぱを落とすんだ。」
「葉っぱが付いてた方が、雪から芽を守れるんじゃないの?」
「葉っぱが付いているところに雪が積もったら、雪が重たくて枝が折れちゃう。枝が折れたらせっかく付けた葉っぱの赤ちゃんも死んでしまう。」
「そっか。」
「何でも付けてればいいってわけじゃない。落とすことも大事なんだ。リッちゃんもこれからいろんなものが身に付いてくると思うけど、たまにはそれを落とすことも大事なんだ、葉っぱみたいに。そうしたら新しい赤ちゃんが生まれる。新しい考え方が生まれるんだ。」
「新しい赤ちゃん?」
「そう。新しいものを生むには、勉強したことや当たり前のことをすててしまって、ゼロから考えたほうがすごいのが生まれる。森の中で考えるんだ。森には新しいヒントがいっぱいある。」
「シンちゃんは森の中で考えるの?」
「そうだね。とっても楽しいよ。自然の中から考えるんだ。昔の人がしてきたように。」
「おばあちゃんも森の中で考えたの?」
「そうかな、森が大好きだったから。」
「ねえシンちゃん。なんで、おばあちゃんの森なの?」
「いろんなものを採ってきてくれるんだ。山菜、キノコ、まき、石ころも拾ってくる。森にはなんでもあるんだ。」
「そうなんだ。おばあちゃんこの森のこと何でも知ってるんだね。」
「うん。宝の山だ。この森で生きてるんだ。」
「ほんとにおばあちゃんの森なんだ。」
「そうだよ。ばあさんがリッちゃんのころから来てるからもう六十年にもなるのかな?きっと今でもこの森にいるんじゃないのかな。」
「シンちゃん一人になってさびしい?」
「この森があるから大丈夫。リッちゃんも遊びに来てくれるし。」
「でも、浜松に帰ったらシンちゃんまた、ひとりぼっちだよ。」
「リッちゃんは?」
「浜松に帰っても友達もいるし、バスケの仲間もいるし、ユッちゃんも父ちゃんもいる。」
「そうか。友達も仲間も大事だけど、一人はもっと大事だよ。ひとりぼっちはちっともさびしくない。勉強もできるし、本も読める。いろんなことを考える時間もある。とっても楽しいんだ。」
「ほんとに?」
「もちろん楽しいだけじゃないけど。リッちゃん、周りの木を見てごらん。みんな一人で立ってる。リッちゃんも一人で立ってる。」
「うん。」
「リッちゃん、人という漢字は習ったでしょ。こんな形。人という漢字は人と人とが支えあって生きているからこんな形になったって言う人もいるけど、大きく足を開いて一人で立っているようにも見えるよね。リッちゃんはどっちだと思う?」
「んー。一人かな?」
「リッちゃん一人で立てる?」
「もちろん。でも、父ちゃんがいないとずっとは無理かな。」
「そうだね。」
「シンちゃんはどっちなの?」
「どっちもだね。支えあう時もあれば、一人の時もある。だってその方が楽しいでしょ、たった一度の人生なんだから。木もそうだよ。強い風の時はとなりの木と支えあってふんばって生き、太陽さんが出たら負けずに枝を張るんだ、何百年と。」
「そうなんだ。シンちゃん、春休みになったらまた来るね、父ちゃんに頼んで。それまで一人で森を楽しんでて。」
「リッちゃんの父さんもばあさんとよく来てたんだよ。この森に。」
「ほんとに?じゃあなんで一緒に来ないんだろ?」
「リッちゃんとじいちゃんを二人きりにしてくれてるんだよ。」
「そうかなあ。じゃあ今度の春休みには、父ちゃんと二人で来てみよう。シンちゃんはがまんしてね。」
「うん。父さんと二人でこの森に来たら、ばあさんのいろんな話が聞けると思うよ。きっと。そしたらもっと楽しいばあさんの森になる。」
「おばあちゃんの森だよ。シンちゃん。」
   春休み
「父ちゃん、おばあちゃんの森に行こう。」
「うん。いいね。行こう。」
「父ちゃんもおばあちゃんと一緒によく森に来てたんでしょ?」
「そうだね。リッちゃんぐらいの頃、ばあちゃんといろんなものを採りに来た。もう少し大きくなったら、父ちゃんは一人で来るようになったんだ。」
「シンちゃんとは一緒に来てないの?」
「そうだね。じいちゃんはもっと深い森に行ってた。だからあまり家にいなかったんだ。」
「シンちゃんのこと好き?」
「どうかな?よくわからない。」
「おばあちゃんの森は好き?」
「そうだね。ばあちゃんの森も、ばあちゃんも好き。だから、じいちゃんも好きなのかな?」
「リホ、シンちゃんのこと大好き!」
「そっか。」
「シンちゃんはこの森の中でおばあちゃんと一緒にいるのかな?」
「どうだろ?生きてる時もほとんど一緒にいなかったんだから、じいちゃんはもっと深い森の中にいるのかもしれない。」
「そうなんだ。ひとりぼっちなのかな?シンちゃん。」
「森と一緒だよ。」
「シンちゃん森と一緒か。」
「じいちゃんだよ。リッちゃん。」
「森(しん)ちゃんだよ。森(もり)のシンちゃん。」

 おしまい

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