「シンちゃん、森に行こう!」
「いいね。今日は何が見つかるかな?」
「また初めてのものが見つかるといいね」
「きっと見つかるよ。リッちゃんは初めての発見じょうずだから」
―――
「シンちゃん、コゴミが大きくなったね。私と同じぐらい。イッ!」
「どうした?」
「枝に引っ掛けたみたい」
「どれ?血が出てるね」
「うん」
「ちょうどいいところにヨモギがあった。昔の人はヨモギの葉っぱを傷口に貼って血を止めたんだ。貼ってみる」
「うん」
「葉っぱを揉んで柔らかくして、ほら」
「なんかにおいがするね」
「好き?」
「うん。なんかおいしそう」
「え!そっか。草餅の草だからおいしそうにも感じるのかな?」
「くさもち?」
「食べた事ない?お雛さんの赤白緑の緑のお餅」
「うん。食べたことないと思う。でも、あんこが入った緑のおもちを食べたことがある」
「あっそれもヨモギ、よもぎ餅。おいしいよね」
「うん。おいしかった。ケガにも使うんだ」
「他にもいろいろ使うよ。ヨモギは蚊除けとか、歯の痛み止め、風邪薬、魔除けとか。地上に最初に生えた草と言われ、アイヌの国を守る神様となったんだ」
「アイヌ?」
「この森に昔から住んでた人」
「森に人が住んでたの?」
「数百年前まではね」
「だれかいる!」
「そうだね。僕たちを見てるんだ」
「だれ?」
「わからない。森にはいろんなものがいるから。だから森はおもしろい」
「こわくないの?」
「怖い時もある。でも今は怖くない」
「なんで?」
「うーん。感じるんだ。怖い時には怖さを感じる。というか、森にいる時間が長くなるとどんどん怖くなくなってくる。でも時々怖さを感じる。何がというものでなくて、その時の周りの森の雰囲気から怖さを感じるんだ。ちょっとヤバいかなって」
「森のふんいき?」
「そう。森には動物や植物だけでなくて、霊や神様がいる。その中の何かが教えてくれるんだと思う。ヤバいぞって」
「レイってオバケじゃないの?」
「お化けも霊の仲間だ。森にはいろんな霊がいるんだ」
「いろんなレイ?」
「アイヌの人は霊の姿をカムイと言って、フクロウやクマもカムイなんだ」
「カムイ?」
「そう。アイヌ語のカムイは神様とよく言われるけど、ちょっと違うんだよね。カムイモシリという神の世界ではカムイは人と同じ姿をしている。カムイの世界からアイヌモシリという人間の世界に神は霊となって遊びに来る。アイヌモシリに下りてきたカムイは人と同じ姿ではいられないので、フクロウやクマの姿を借りる。そんなクマの姿となった霊がカムイなんだ」
「霊が神さまなの?」
「そうだね。アイヌはカムイのクマを捕って食べてしまうんだ。神様を食べちゃうんだよ。でも、クマの姿をしていた霊をとっても大事にもてなしてカムイモシリに送り届けるんだ。またクマとなってアイヌモシリに遊びにきてくださいって。そしてクマの肉を残さず食べて、毛皮を大事に使う」
「クマのレイって神さまなんだ」
「クマだけじゃない。キツネやリス、ヘビや木もカムイなんだ」
「シンちゃんってアイヌなの?」
「僕はアイヌじゃないよ。たぶん。昔はいろんなとこにアイヌが居たみたいでまだハッキリしてないけど。もしかしたら僕はアイヌで、そんなカムイが僕に教えてくれているのかもしれない。ヤバいぞって」
「カムイが守ってくれるの?」
「カムイにも良いカムイと悪いカムイがいる。良いカムイは守ってくれる。悪いカムイはたたる」
「どうやったらわかるの?」
「リッちゃんの前には悪いカムイは現れないよ」
「ほんとに?」
「現れる前に僕が感じる。僕がリッちゃんを守る」
「ありがと」
「きっとリッちゃんもカムイに会ったら感じると思うよ。良いか悪いか」
「感じるかな?」
「ちょうど良いフキがある。今日の夕ご飯にフキをなんぼか採っていこうか?」
「うん。今日はどうやって食べるの?」
「おひたしかな」
「おいしいの?」
「大人な味だ。あんまり太くないほうが良いかな。ここで採ってて。僕は沢に下りてヤチブキを見てくるよ。何かあったら大きな声を出すんだ。飛んでくるから」
「うん。わかった」
「そんなに量はいらないから、ここから離れないでね」
「はい」
「じゃあね」
―――
「シンちゃん?だれ?」
「…」
「シン!…。カムイ?」
「コロポックル」
「コロポックル?カムイなの?」
「コロポックル…。フキは僕のものでもあるんだ。だから全部持ってかないで」
「もちろん。今日の夕ごはんでおひたしにして食べようと思って、だからそのぶんだけ。フキの神さまなの?」
「コロポックル」
「そっか。私よりちっちゃいよね。まだ子どもなの?」
「僕はこの森で一人で暮らしてる」
「子どもじゃないんだ。初めまして私リホ。シンちゃんといっしょに来たの。シンちゃんは今、沢に下りてる」
「うん。知ってるよ。だから出てきたんだ。今しか会えないから。僕の他にもいろんなカムイがこの森に住んでる。良いのも悪いのもいる。シンちゃんと一緒だったら大丈夫だけど、一人で来るようになったらカムイを感じる力が必要になる。そのために出てきたんだ。リッちゃんは僕と会っても大きな声を出さなかった。出しそうになったけどね。でも、リッちゃんはすぐに僕を良いカムイと感じた。それだけ」
「それだけ?」
「そう。それだけ感じる力があれば大丈夫。その力をこれから育てるんだ。いっぱい感じて訓練するんだ。そうすればシンちゃんがいなくても森に来れるよ」
「ひとりで?」
「うん。一人の方が森を感じられる。その力さえあれば良いカムイが守ってくれる。リッちゃんは今一人だ。だから僕と会えた。良かったねシンちゃんに会えて。シンちゃんと一緒でなかったら僕には会えなかったよ。森はとっても怖いとこだから。これからもシンちゃんと仲良く、森を感じることができる人を大事にして。とっても難しいことなんだ、森を感じることは。センスと訓練が必要だから」
「センスと訓練?」
「それと時間。森の時間。こんな事は森に来てすぐ出会える事じゃない。何回も何回も通わないと。それが森なんだ」
「このことシンちゃんに話していいの?」
「もちろん。感じる人には良いよ。感じない人には信じてもらえないと思うけど」
「ありがと。また会えるの?」
「もう会えない」
「なんで?」
「だってリッちゃんはちゃんと感じたもの」
―――
「リッちゃん、お待たせ」
「シンちゃん!コロポックル!」
「どこ?」
「そこのフキの下!」
「どこ?」
「さっきまでいたの!」
「もう居ないね」
「ほんとだ」
「残念」
「ねえねえシンちゃん。今、コロポックルに会ったの」
「ホント。良かったね」
「驚かないの?」
「僕も会ったよ。リッちゃんと同じ年の頃に。六十年も前になるかな」
「何回?」
「一回だけ。たったの一回だけ」
「そうなんだ。もう会えないのかな?」
「良いコロポックルだった?」
「悪いコロポックルもいるの?」
「わからない。でもリッちゃんが喜んでるんだから良いコロポックルだったんだね」
「うん。森の感じ方をおしえてくれた。訓練の仕方をおしえてくれた」
「訓練?そっか、そんな話をしてくれたんだったっけ。すっかり忘れてた。今日リッちゃんと一緒に森に来て良かった。ありがと」
「シンちゃん、ありがと。仲良くしてくれて。大事にするからねシンちゃんのこと」
「ありがと。そっか、だから僕はこの森に居るんだ。ここはアイヌの森だから。きっと他にもいろんなカムイに会えるよ」
「コロポックルって神様なの?」
「うん。アイヌに伝わるフキの下にいる小人の神様」
「小人の神さま。だからちっちゃかったんだ。ごめんねコロポックル」
「フキ採れた?」
「うん。これだけ」
「じゅうぶん。コロポックルにも残しておかないとね」
「コロポックルもフキを食べるの?」
「そうなのかな。こんどフクロウに会ったら聞いてみよう」
「フクロウのカムイにも会ったことあるの?」
「あるよ。だから言ったでしょ。いろんなカムイに会えるって。父さんが待ってるからそろそろ帰ろう」
「うん。フクロウのカムイは今度のお楽しみ。私、森を感じる人になろう。センスと訓練と森の時間。シンちゃん長生きしてね。お酒ばっかり飲まないで。わかった?」
「了解しました。森を歩いたから今日もお酒がおいしいぞ」
「シンちゃんたら」
おわり
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